固定資産税や修繕費などの負担が変化する一方、入居中の住戸の賃料は長く据え置かれている。このような状況から、賃料の見直しを考える不動産オーナーは少なくありません。

もっとも、周辺の募集賃料が上がっているという理由だけで、希望する金額へ一律に変更できるわけではありません。現在の契約内容、賃料を最後に合意した経緯、その後の負担や経済事情の変化、近隣の同種物件の賃料などを整理し、説明できる方針をつくることが出発点です。

この記事では、最初に見る資料、物件に応じて追加する資料、申入れ前に決める事項、通知から合意までの進め方を順に整理します。すべての資料を一度に集めるのではなく、判断に必要なものから確認していきましょう。

最初に確認するのは3点です

現在の契約条件――賃料、共益費、契約当事者、賃料改定条項、増額を制限する特約など。

賃料を最後に合意した時点と経緯――当初契約、更新、覚書、改定・据置きの協議記録など。

住戸ごとの現状――現行賃料、入居時期、間取り・面積、過去の改定時期、実際の入金額など。

借地借家法32条は、公租公課などの負担の増減、土地・建物価格やその他の経済事情の変動、近隣の同種建物の賃料との比較などにより、現在の賃料が不相当となった場合の増減額請求を定めています。ただし、どれか一つの数値が上がれば、その割合どおりの増額が当然に決まるという制度ではありません。[1]

最高裁判所は、相当な賃料を判断する際、当事者が現実に合意した賃料のうち直近のものを基に、その合意後の経済事情の変動など、諸事情を総合的に考慮すると示しています。そのため、最新の相場資料と同じくらい、これまでの合意経緯を確認することが重要です。[2]

資料は「多さ」より「集める順番」が重要です

初めから正式な不動産鑑定評価書や大量の統計資料を用意しなければ、検討を始められないわけではありません。まず契約と賃料履歴を確認し、次に根拠となり得る資料を集め、必要な案件だけ追加調査をする方が実務的です。

一棟物件でも、全住戸を同じ金額・同じ時期に見直すとは限りません。契約開始時期、現行賃料、間取り、設備、改定履歴などが住戸ごとに異なるため、まず優先順位を付けます。

優先順位1 基本
主な資料契約書、更新・変更書類、改定履歴、レントロール、入金記録
確認する目的契約条件、直近の合意経緯、住戸別の現状を把握
優先順位2 根拠
主な資料公租公課、維持管理・修繕、経済指標、周辺類似物件の賃料資料
確認する目的合意後に何がどう変化したかを説明
優先順位3 追加
主な資料登記事項、法人・共有関係、特別な契約、専門調査・鑑定資料
確認する目的権限、例外事情、法的手続に備えて個別補強

優先順位1 契約内容と賃料の履歴を確認する

賃貸借契約書と更新・変更時の書類

現在の契約書で、賃料・共益費、契約期間と更新方法、契約当事者、対象住戸、賃料改定に関する条項を確認します。一定期間の増額を制限する特約がある場合、その内容と期間を個別に検討する必要があります。

当初契約だけでなく、更新契約書、覚書、賃料変更合意書、メールなども探します。更新時に賃料を具体的に協議したのか、単に契約が継続したのかは、記録に即して確認します。

過去の改定・据置きの記録

過去の通知、合意書、メール、管理会社の対応履歴を時系列に並べます。資料が十分に残っていないときは、入居開始日、当初賃料、増額・減額の時期と金額、現在の賃料になった経緯を、分かる範囲で一覧にします。

レントロールと入金記録

複数住戸を所有している場合は、住戸番号、間取り、面積、入居時期、現行賃料・共益費、直近の改定時期をレントロールで確認します。契約書上の金額と実際の支払額に違いがないか、入金記録も照合します。

優先順位2 見直しの理由を説明する資料を集める

固定資産税などの公租公課

固定資産税・都市計画税などの負担の変化は、賃料の相当性を検討する事情の一つです。現在の通知だけでなく、最後に賃料を合意した頃の資料も可能な範囲で集め、時系列で比較します。税額の上昇だけで増額幅が自動的に決まるわけではありません。

維持管理費、修繕・設備に関する資料

共用部分の水道光熱費、清掃・保守点検費、管理委託費、保険料、修繕工事の見積書・請求書、区分所有物件の管理費・修繕積立金の改定資料などを整理します。支出の増加分をそのまま賃料へ上乗せできるとは限らないため、他の事情と合わせて検討します。

物価や地価などの公的データ

経済事情の変化を確認する資料として、総務省統計局の消費者物価指数や、国土交通省の地価公示・不動産情報ライブラリなどを参照できます。全国平均だけでなく、対象物件の所在地、用途、比較期間に合う資料かを確認します。指数の上昇率と賃料の増額率は同じではありません。[6][7]

近隣の類似物件の賃料資料

周辺物件の情報は説明しやすい資料ですが、募集賃料を数件並べるだけでは十分な比較にならない場合があります。所在地、駅距離、築年、構造、面積、間取り、階数、設備、契約条件、募集時期など、対象住戸と条件が近いかを確認します。

また、募集賃料と実際の成約賃料は同じとは限りません。データの種類と時点を明示し、複数の資料を照らし合わせます。外部の査定値や比較データだけで、法的な結論が決まるわけではありません。

優先順位3 物件や手続に応じて資料を追加する

土地・建物の登記事項証明書、貸主が法人の場合の法人関係資料、共有・信託などの権限資料。

管理組合の総会資料、大規模修繕計画、修繕工事契約書、設備更新の記録。

定期借家、サブリース・一括借上げなど、通常の住戸賃貸借とは異なる契約。

過去の交渉記録、送付記録、到達確認資料、相手方からの回答。

不動産会社による調査資料や、不動産鑑定士による鑑定評価書。

すべての案件で、これらを最初から用意する必要があるわけではありません。物件、契約、交渉状況、将来の手続、費用対効果を踏まえて追加します。

資料がそろっていない段階でも、入口の確認はできます

契約書やレントロールが手元にあるものの、何が不足しているか分からない場合は、所在地、対象戸数、現行賃料、入居時期、過去の改定状況などから、本サービスの対象になり得るかを無料で事前確認します。無料事前確認は、正式な住戸別診断、不動産鑑定評価、法的意見書ではなく、受任や増額結果を保証するものでもありません。

申入れ前に決めておきたい4つの方針

1 どの住戸から見直すか

長く据え置かれている、同じ建物内で賃料差が大きい、契約・改定履歴を確認できる、比較対象を見つけやすい、といった事情を住戸別に整理します。契約関係が不明確な住戸や特殊な事情がある住戸は、追加確認後に判断します。

2 いくらを、いつから提示するか

周辺の新規募集賃料と、継続中の契約で検討される賃料は同じものではありません。特定の計算式や割合をすべての物件に当てはめず、契約経緯、経過期間、負担や経済事情、物件状態、比較資料などを踏まえ、説明できる金額と時期を決めます。

3 どの事情を、どう説明するか

金額だけを伝えるのではなく、いつから何が変わり、なぜ見直しをお願いするのかを簡潔に整理します。資料を大量に送ることより、質問を受けたときに根拠を説明できる状態をつくることが重要です。

4 誰が対応し、どこで弁護士へ切り替えるか

オーナー、管理会社、法律事務所の役割と情報共有範囲を決めます。管理会社が資料整理、書類の送付、連絡の取次ぎなどを行うことは考えられますが、報酬を得て法的紛争に関する代理交渉を行う場合には、業務内容、報酬性、紛争性などに応じて弁護士法72条との関係を個別に検討する必要があります。[4]

賃料見直しの実務フロー

以下は一般的な整理です。契約内容、相手方の対応、依頼範囲により順序や必要資料は変わります。

STEP 1 対象可能性を事前確認する 所在地、戸数、契約の概況から、検討対象になり得るかを確認します。

STEP 2 資料を集め、住戸別に診断する 契約書、改定履歴、レントロール、公租公課、物件状態、比較資料などを住戸別に整理します。

STEP 3 方針を決める 各住戸の契約と資料を踏まえ、オーナーの承認を得て申入れ内容と時期を検討します。

STEP 4 書面で通知する 対象契約、求める賃料額と開始時期、見直しの理由、回答方法を分かるように記載し、送付・到達を記録します。協議の提案として送るのか、法的な増額請求として通知するのかで文面の意味が異なり得るため、目的に合う内容かを確認します。

STEP 5 任意交渉を行う 賃借人の質問や意見を確認し、必要に応じて資料を補いながら合意点を探ります。電話や面談の内容も記録します。

STEP 6 合意書を作り、管理へ引き継ぐ 改定後の賃料・共益費、改定日、支払方法などを書面に残し、管理会社またはオーナーの請求・入金管理へ正確に反映します。

STEP 7 不成立時の選択肢を再評価する 法的見通し、期待できる経済的利益、必要な時間・費用・資料、賃貸関係への影響を改めて評価します。調停・訴訟は任意交渉とは別に依頼内容と費用を確認します。

オーナー・管理会社・法律事務所の役割

関係者オーナー
主な役割資料提供、対象・金額・時期等の重要事項の承認、委任
確認事項共有者や法人の権限とご希望
関係者管理会社
主な役割契約・物件情報、過去経緯、連絡情報、合意後の賃料反映
確認事項依頼者、窓口、情報共有の範囲を明確化
関係者法律事務所
主な役割法的評価、通知内容、任意交渉、合意書、必要に応じ法的手続
確認事項利益相反、本人確認、委任範囲、記録

合意できなかった場合

賃借人が増額に同意しなかったからといって、増額への不合意だけを理由に直ちに解除や明渡しを求められるわけではありません。また、通知した希望額がそのまま確定するものでもありません。相手方の意見や資料を確認し、説明を補いながら今後の対応を個別に検討します。

それでも合意できず、増額額を法的手続で定めることを求める場合、民事調停法には賃料増減額請求について調停を先行させる仕組みがあります。例外も含む正確な手続、管轄、資料、鑑定の要否、期間・費用は案件ごとに異なるため、別途確認が必要です。[3][5]

準備段階で起こりやすい行き違い

周辺の募集賃料だけで提示額を決める。

同じ建物の全住戸を、同額・同時期に機械的に扱う。

現在の賃料をいつ、どのような経緯で合意したかを確認しない。

通知書を送ること自体を目的にし、回答後の対応を決めていない。

内容証明郵便を使えば、提示額が自動的に確定すると考える。

内容証明郵便は、差し出した文書の内容などを記録するための手段ですが、それだけで増額の可否や金額を確定させるものではありません。到達の確認には配達証明などを組み合わせることがあります。送付方法と文面は、目的と案件の状況に合わせて選びます。[9][10]

相談前チェックリスト

まず確認したいもの:賃貸借契約書、更新契約書、覚書 | 物件に応じて追加するもの:登記事項、法人・共有・信託等の権限資料

まず確認したいもの:賃料変更・据置きの通知、合意、メール | 物件に応じて追加するもの:定期借家、サブリース等の特別な契約

まず確認したいもの:レントロール、現行賃料、入居時期、入金記録 | 物件に応じて追加するもの:管理組合資料、大規模修繕計画、工事契約

まず確認したいもの:公租公課、管理・修繕・保険等の推移 | 物件に応じて追加するもの:専門的な賃料調査、鑑定評価書

まず確認したいもの:周辺類似物件の賃料資料と比較条件 | 物件に応じて追加するもの:送付・到達記録、相手方回答、代理人情報

早めに弁護士へ相談した方がよいケース

一棟または複数住戸をまとめて見直したい。

契約書、過去の改定経緯、増額を制限する特約の解釈が複雑である。

定期借家、サブリース・一括借上げなど、通常と異なる契約が関係する。

賃借人が既に明確な拒否を示している、または相手方に代理人が就いている。

将来の調停・訴訟も見据えて、通知内容と記録を整えたい。

管理会社と弁護士の対応範囲、情報共有、切替時点を整理したい。

よくある質問(FAQ)

Question 1すべての資料がそろわないと検討できませんか

いいえ。まず契約書、改定記録、レントロールなど、手元にある資料から確認できます。不足資料と優先住戸を整理してから、必要な追加調査を行います。

Question 2募集サイトの賃料だけで申入れできますか

募集賃料は参考になりますが、それだけで金額を決めるのは慎重であるべきです。対象住戸との条件差、募集時点、募集と成約の違いを確認し、契約経緯や他の事情も合わせて検討します。

Question 3契約更新時にしか増額を申し入れられませんか

法律上、更新時だけに限られるとはされていません。ただし、契約条項、増額を制限する特約、現在の賃料を合意した経緯、その後の事情変更を確認する必要があります。個別の契約に即して判断します。

Question 4内容証明郵便は必須ですか

すべての案件で必須とは限りません。送付文書の内容を記録する利点はありますが、利用しただけで提示額が確定するものではありません。通知の目的、到達記録の必要性、相手との関係などに応じて選びます。

Question 5管理会社に交渉をすべて任せられますか

資料整理、書類送付、連絡の取次ぎなどを管理会社が担うことは考えられます。他方、報酬を得て法的紛争に関する代理交渉を行う場合は、具体的な業務態様に応じて弁護士法上の検討が必要です。役割分担と切替時点を先に確認してください。

Question 6拒否されたら、すぐに調停を申し立てますか

必ずしもそうではありません。拒否理由を確認し、説明や条件調整で協議を続けられるかを検討します。法的手続へ進むかは、根拠、経済的利益、時間・費用、必要資料などを踏まえて個別に判断します。

賃料を見直せる住戸から、順番に整理しませんか

弁護士法人いかり法律事務所の「賃料増額診断・交渉サービス」は、賃料見直しの候補となる入居中住戸が原則9戸以上ある一棟マンション・アパート等を主な対象に、契約内容、改定履歴、公租公課、物件事情、比較資料を住戸ごとに確認します。候補住戸の平均で1戸当たり月額5,000円程度以上の増額を検討し得るかを一つの目安としつつ、所在地、物件特性、資料の充足性、必要工数なども踏まえて受任可能性を確認します。

正式受任後は、オーナーが承認した方針に基づき、通知、賃借人との任意交渉、賃料変更合意書の作成、管理会社への引継ぎまで対応します。任意交渉で合意できず、調停・訴訟を検討する場合は、見通しと費用対効果をご説明し、別途の契約を検討します。

まずは所在地、対象戸数、現行賃料、入居時期、契約書やレントロールの有無をお知らせください。本サービスの対象になり得るかを無料で事前確認します。正式な受任、増額の可否・幅、合意時期、交渉結果を保証するものではありません。

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本記事は一般的な情報を提供するもので、個別案件についての法的助言ではありません。公開時点の法令・サービス内容を確認し、具体的な案件は個別にご相談ください。

主な参考資料

[1] e-Gov法令検索 借地借家法 法令本文(32条)

[2] 最高裁判所第二小法廷 平成20年2月29日判決・平成18年(受)第192号 裁判所掲載PDF

[3] e-Gov法令検索 民事調停法 法令本文(24条の2)

[4] e-Gov法令検索 弁護士法 法令本文(72条)

[5] 裁判所 民事調停 手続案内

[6] 総務省統計局 消費者物価指数 統計ページ

[7] 国土交通省 不動産情報ライブラリ 公式サイト

[8] 国土交通省 不動産鑑定評価基準 基準PDF

[9] 日本郵便 内容証明 サービス案内

[10] 日本郵便 配達証明 サービス案内