「同じ建物の空室は月額10万円で成約したのに、長く入居している住戸は月額7万5,000円のまま」
このような賃料差に悩む不動産オーナーは少なくありません。
周辺相場が上がっている以上、既存入居者の賃料も見直したいと考えるのは自然です。しかし、入居者を新たに募集するときの賃料と、現在の契約を継続する場合の賃料は、同じ考え方では決まりません。
重要なのは、次の点です。
ポイント:周辺の新規賃料は、賃料増額を検討する重要な資料になります。ただし、その金額だけで既存入居者の賃料が当然に同額まで上がるわけではありません。
この記事では、賃料見直しの前提となる「新規賃料」と「継続賃料」の違い、継続賃料を検討する方法を解説します。
まず整理したい4種類の賃料
「周辺の家賃が上がった」という場合、どの賃料を指しているのかを区別する必要があります。
不動産鑑定評価上の「新規賃料」は、単なるポータルサイトの募集価格ではなく、新たな賃貸借契約を前提に、不動産の経済価値を適正に表す賃料を意味します。
したがって、募集事例を集めるだけでなく、可能であれば実際の成約事例、物件の条件、契約条件の違いまで確認することが大切です。
なぜ既存入居者の賃料は新規相場だけでは決まらないのか
新規契約では、貸主と入居希望者がその時点の市場環境を踏まえて条件を決めます。
これに対し、既存の賃貸借には、すでに特定の当事者間の契約関係があります。そのため、継続賃料を検討するときは、現在の市場相場だけでなく、過去に合意した賃料と、その後にどのような事情の変化があったかを確認します。
借地借家法32条は、建物賃料が次のような事情により不相当となった場合に、将来に向かって増減額を請求できると定めています。
- 土地や建物に対する租税その他の負担の増減
- 土地や建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動
- 近傍同種の建物の賃料との比較
実際の判断では、これらに加えて、契約内容、契約締結や賃料改定の経緯なども総合的に検討されます。
つまり、周辺相場の上昇は重要な事情ですが、それだけを切り取って結論を出すのではなく、契約ごとの経緯と併せて判断する必要があります。
なお、当事者双方が合意すれば、新規相場と同額に改定することも可能です。「継続賃料は新規賃料と同額になってはいけない」というルールがあるわけではありません。
問題になるのは、合意できず、法的な相当額を判断しなければならない場合です。
継続賃料はどのように検討されるのか
国土交通省の不動産鑑定評価基準では、継続賃料を求める手法として、主に次の4つが挙げられています。
1.差額配分法
現在の現行賃料と、対象物件の経済価値に即応した適正な賃料との差額について、契約内容や契約締結の経緯などを踏まえ、貸主側に帰属する部分を現行賃料に加える方法です。
2.利回り法
対象不動産の基礎価格に継続賃料利回りを乗じ、必要経費などを加えて試算する方法です。
3.スライド法
直近に賃料を合意した時点から現在までの物価、地価、所得水準などの変動を踏まえて試算する方法です。
4.賃貸事例比較法
類似する継続賃料の改定事例を収集し、契約条件や物件条件などの違いを補正して比較する方法です。
正式な不動産鑑定評価では、いずれか一つの方法だけで機械的に結論を出すのではなく、適用可能な複数の方法による試算結果と、それぞれの説得力を検討します。
当事務所が任意交渉の準備段階で行う診断は、正式な不動産鑑定評価書ではありません。契約資料や相場資料などを基に、交渉方針と推奨改定額を検討するための試算です。
差額配分法では必ず差額の半分を加えるのか
必ず2分の1になるわけではありません。
例えば、次の条件を仮定します。
- 現行賃料:月額60,000円
- 参考となる新規相当賃料:月額76,000円
- 差額:月額16,000円
説明のため、仮に貸主側への配分率を50%と置くと、試算額は次のようになります。
ポイント:60,000円+16,000円×50%=68,000円
ただし、これは計算方法を理解するための仮定例です。法律や不動産鑑定評価基準が、配分率を一律50%と定めているわけではありません。
実際の配分は、契約内容、直近の合意時点、賃料を据え置いてきた期間と経緯、相場変動の原因などを踏まえて判断されます。また、他の評価手法による試算結果も考慮されます。
そのため、「相場との差額の半分なら必ず認められる」と考えて交渉を進めるのは適切ではありません。
希望額と法的な評価額は区別して考える
オーナーが収支改善のために希望する額と、契約内容や直近の合意後の事情変動、比較資料を踏まえて説明できる額は必ずしも一致しません。
事前診断は検討資料であり、合意額や裁判所の判断を保証するものではありません。具体的な申入れ条件は、資料を確認した上で個別に検討します。
賃料見直しで起こりやすい失敗
募集賃料だけを根拠にする
募集賃料は、実際に契約された金額ではありません。物件の築年数、広さ、設備、階数、方角、契約条件などの違いも検討する必要があります。
全住戸を同じ金額・割合で増額する
同じ建物でも、契約時期、現行賃料、過去の改定経緯、部屋の条件が異なります。住戸ごとの検討をせず、一律に増額すると説明の説得力が弱くなります。
更新時なら一方的に変更できると考える
契約更新と賃料増額請求は別の制度です。更新時であることだけで、貸主が提示した金額に賃料が確定するわけではありません。
最後に賃料を合意した時点を確認していない
継続賃料では、直近に賃料を合意した時点と、その後に生じた事情の変化が重要です。契約書や更新合意書、過去の通知、賃料台帳を確認する必要があります。
増額を申し入れる前に確認したい資料
少なくとも、次の資料を整理しておくと検討が進めやすくなります。
- 賃貸借契約書、更新契約書、過去の合意書
- 現在賃料と過去の改定履歴
- 入居開始時期と、最後に賃料を合意した時期
- 対象住戸と比較物件の間取り、面積、築年数、設備
- 周辺の募集事例と成約事例
- 固定資産税、都市計画税などの資料
- 修繕・維持管理費の推移が分かる資料
- 入居者との過去の協議や通知の記録
資料をそろえる具体的な手順は、関連記事「賃料増額を申し入れる前にそろえる資料と交渉手順」で解説しています。
よくある質問(FAQ)
Question 1周辺の募集賃料と同額まで増額することはできませんか
同額への改定について入居者と合意することは可能です。ただし、募集賃料と同額であることだけを理由に、一方的にその金額を確定できるわけではありません。法的な相当額は、契約経緯や経済事情の変化などを総合して検討されます。
Question 2差額配分法では、差額の半分が増額の目安になりますか
半分という割合が用いられる例はありますが、一律のルールではありません。配分率は契約内容や差額が生じた原因などによって異なり、他の試算方法との調整も必要です。
Question 3更新のタイミングなら増額しやすくなりますか
協議を始めるきっかけにはなりますが、更新時であることだけで貸主の提示額が確定するわけではありません。契約条項と借地借家法上の要件を確認する必要があります。
Question 4同じ建物でも住戸ごとに増額幅が違ってよいのでしょうか
現行賃料、契約時期、間取り、設備、過去の改定経緯などが異なれば、検討結果が住戸ごとに異なることはあります。一棟物件では、対象住戸の優先順位を付けて進める方法も考えられます。
Question 5任意交渉の前から不動産鑑定評価書が必要ですか
すべての案件で最初から必要になるわけではありません。まず契約資料や相場資料を整理し、増額の根拠と交渉方針を検討したうえで、争点や金額、手続の段階に応じて正式な鑑定評価の要否を判断します。
まとめ
新規募集賃料の上昇は、賃料見直しを検討する重要なきっかけです。しかし、既存入居者の賃料は、新規募集賃料だけで当然に決まるものではありません。
検討のポイントは次のとおりです。
- 募集賃料と成約賃料を区別する
- 現行賃料と直近の合意時点を確認する
- その後の相場、税負担、経済事情などの変化を整理する
- 契約ごとの経緯を確認する
- 複数の考え方から説明可能な改定額を検討する
- オーナーの希望額と、資料から説明できる賃料額を区別する
「周辺相場との差がある」というだけで増額幅を決めるのではなく、入居者に説明できる資料と根拠を整えることが、交渉の出発点になります。
賃料見直しを検討しているオーナーの方へ
弁護士法人いかり法律事務所では、一棟マンション・アパートなどを所有するオーナーの方を対象に、賃料増額の事前診断と交渉対応を行っています。
現在賃料、契約経緯、周辺相場などを整理し、どの住戸を対象に、どのような金額と説明で申し入れるかを検討します。
周辺相場との差が大きいものの、適切な増額幅や進め方が分からない場合は、オーナー向け事前確認フォームから物件概要と対象戸数をお知らせください。
※当事務所による事前診断・試算は、不動産鑑定士が作成する鑑定評価書ではありません。
※実際の見通しは契約内容、資料、相手方の対応などにより異なり、増額結果を保証するものではありません。