賃料増額を申し入れても、賃借人から拒否されたり、回答が来なかったりすることはあります。しかし、拒否されたからといって増額の可能性が直ちになくなるわけでも、反対に通知した金額がそのまま確定するわけでもありません。
まず確認したいのは、通知の内容と到達状況、増額の根拠、賃借人の反応です。そのうえで任意交渉を続け、合意が難しければ民事調停へ進み、調停でも解決できない場合に訴訟を検討するのが基本的な流れです。
訴訟へ進む前には、原則として調停を申し立てる必要があります。ただし、調停を経ずに訴えが提起された場合でも、裁判所が調停に付することを適当でないと認めれば例外となるため、「どの事件でも絶対に訴訟を提起できない」という意味ではありません。
この記事の要点
- 拒否された後は、通知の有効性、到達日、増額根拠、交渉経過を最初に整理します。
- 任意交渉では、相手の拒否理由を把握し、根拠資料と現実的な選択肢を示すことが重要です。
- 賃料増額請求訴訟には調停前置のルールがありますが、法律上の例外もあります。
- 訴訟で鑑定が行われることはありますが、すべての事件で必ず実施されるわけではなく、鑑定結果だけで自動的に決まるわけでもありません。
- 調停・訴訟の期間と費用は事案ごとに異なります。想定される増額利益と手続負担を比較して判断します。
- 増額を正当とする裁判が確定し、既払い額に不足があれば、各不足額に支払期後の年1割の利息を付して精算するのが法律上のルールです。
1.拒否された直後に確認する3つのこと
1-1.増額請求の内容と到達状況
最初に、誰が、誰に対し、いつから、いくらに増額する意思を示したのかを確認します。通知書の控えだけでなく、相手方に届いたことを確認できる資料も保存しておきます。
通知の文言や到達時期は、増額請求の対象期間や後の精算に関わるため重要です。内容証明郵便は送付した文書の内容を証明する手段ですが、それだけで増額の相当性まで証明できるものではありません。
1-2.増額額を支える資料
借地借家法32条は、土地・建物に対する租税その他の負担の増減、土地・建物価格またはその他の経済事情の変動、近傍同種の建物の借賃との比較などを考慮する枠組みを定めています。
同条1項ただし書により、一定期間は賃料を増額しない旨の特約がある場合は、その内容と効力を先に確認します。また、増額請求は将来に向かって効力を生じる制度であり、通知が到達する前の期間へ新たな請求を一方的に遡らせることはできません。
そのため、次のような資料を住戸ごとに整理します。
- 賃貸借契約書、更新・変更の合意書、賃料改定の履歴
- 対象住戸の面積、間取り、階数、設備、契約条件
- 固定資産税などの公租公課に関する資料
- 周辺の比較対象とした物件・住戸の資料
- 修繕・維持管理に関する資料
- 増額通知書、配達を確認できる資料、交渉記録
- 賃料の入金状況
募集賃料や周辺事例は参考になりますが、新規募集の金額と、継続中の契約における相当賃料は同じではありません。単一の資料や単純な上昇率だけで結論を出さず、直近の賃料合意時点以後の事情を総合的に検討します。
1-3.拒否理由と現在の支払状況
「負担が重い」「周辺相場と合わない」「設備や管理への不満がある」など、拒否理由によって交渉の組み立ては変わります。口頭のやり取りだけで終わらせず、いつ、誰が、何を伝え、どのような回答があったかを記録します。
増額を拒否したことだけを理由に、鍵の交換、ライフラインの停止、威迫的な退去要求などを行うべきではありません。賃料増額の問題と、契約解除・明渡しの問題は分けて検討する必要があります。
2.STEP1:任意交渉で合意の余地を探る
任意交渉では、増額の結論を一方的に迫るのではなく、相手の疑問に答えられる資料を示し、双方が受け入れられる条件を探ります。
比較資料の前提や公租公課の変動について説明を補い、賃借人の意見を踏まえて協議します。合意した場合は、改定後の賃料や開始時期を明確にした書面に残します。
賃借人が明確に拒否している、代理人が就いた、当事者間のやり取りが感情的になっている、法的主張を伴う反論が届いたといった段階では、弁護士への切替えを検討します。弁護士が関与する目的は相手を威圧することではなく、争点を整理し、交渉と法的手続の見通しを示すことにあります。
3.STEP2:民事調停で話合いによる解決を目指す
賃料増額請求は原則として調停が先
民事調停法24条の2は、借地借家法32条の建物賃料の増減額請求について、訴えを提起しようとする者は、まず調停を申し立てなければならないと定めています。
調停を申し立てずに訴訟を提起した場合、受訴裁判所は原則として事件を調停に付します。一方、受訴裁判所が調停に付することを適当でないと認める場合には例外があります。例外に当たるかは裁判所の判断であり、当事者が自由に省略できるわけではありません。
申立先・手数料・期間は個別に確認する
宅地・建物に関する調停は、民事調停法24条により、原則として対象となる宅地または建物の所在地を管轄する簡易裁判所に申し立てます。当事者が合意で定めた場合は、その所在地を管轄する地方裁判所へ申し立てることもできます。実際の申立先は裁判所または弁護士に確認してください。
裁判所に納める申立手数料は調停事項の価額に応じて算定され、郵便料なども必要です。裁判所の手数料・申立書提出先案内で最新情報を確認できます。
裁判所は一般的な民事調停について、訴訟より手数料が低額で、比較的短期間で解決できることを特徴として案内しています。ただし、賃料増額事件では、当事者の数、資料の量、争点、専門委員の関与などにより期日の回数や期間が変わるため、一定期間で終わるとは限りません。
調停では何が行われるか
裁判所の民事調停案内によると、通常は裁判官1人と調停委員2人で構成される調停委員会が双方の意見を聴き、解決案を検討します。賃料の増減など専門知識を要する事件では、不動産鑑定士等の専門家である調停委員が関与する場合もあります。
合意が成立し、内容が調停調書に記載されると、確定判決と同じ効力があります。合意に至らなければ、調停不成立または調停に代わる決定などにより終了することがあります。
裁判所の民事調停書式ページには、賃料増減額用の申立書と記載例が掲載されています。申立ての際には、契約書、登記事項証明書、増額通知と到達資料、賃料履歴、増額根拠などを整理します。必要書類は事件と裁判所によって異なります。
4.STEP3:調停で解決しない場合に訴訟を検討する
調停不成立後も増額を求める場合は、管轄裁判所への訴訟提起を検討します。第一審を担当する裁判所や訴額の算定は請求内容によって異なるため、「必ず地方裁判所」とは限りません。
訴訟では、主に次の点が審理されます。
- 増額請求の意思表示と、その到達・効力発生日
- 借地借家法32条の増額要件を基礎づける事情
- 最終合意時点以後の経済事情や契約条件の変化
- 相当な継続賃料の額
当事者が提出する契約書、賃料改定履歴、公租公課資料、比較事例、意見書などを踏まえて争点と証拠が整理されます。民事訴訟法に基づき、必要に応じて裁判所が鑑定人を指定し、鑑定を行うこともあります。
もっとも、鑑定はすべての賃料増額訴訟で必ず行われる手続ではありません。鑑定の要否、予納額、鑑定事項は事件ごとに決まり、鑑定意見も他の証拠とともに裁判所が評価します。鑑定額がそのまま判決額になると断定することはできません。
訴訟の途中で和解が成立することもあります。判決、和解、控訴の有無、鑑定の実施などによって終結までの期間は大きく変わります。
5.係争中の賃料と、確定後の差額・年1割の利息
増額について協議が整わないとき、借地借家法32条2項は、増額を正当とする裁判が確定するまで、賃借人が相当と認める額を支払えば足りると定めています。
これは「どの事件でも従前賃料を払えば絶対に債務不履行にならない」という意味ではありません。何が相当な支払額か、供託を含めどのように対応すべきかは、支払状況と個別事情を踏まえて判断する必要があります。
その後、増額を正当とする裁判が確定し、既に支払った額に不足があれば、賃借人は不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付して支払うことになります。利息は、増額通知が届いた日に不足額全体へ一括して付くのではなく、各月の不足額について、それぞれの支払期後から計算するのが条文上の仕組みです。
任意の合意や調停成立で解決する場合は、差額の対象期間、支払期限、分割の有無なども合意内容として明確にします。
6.費用と期間は「総額」ではなく費用対効果で判断する
調停・訴訟で必要になる可能性がある費用には、裁判所の申立手数料、郵便料、弁護士費用、鑑定が行われる場合の予納金などがあります。金額は、請求内容、対象人数、争点、手続の進行によって異なります。
検討の際は、単に「裁判費用が高いか」だけでなく、次の要素を並べて判断します。
- 1戸当たりの想定増額幅と対象戸数
- 将来見込める増額利益の期間
- 合意できる可能性と、請求額がそのまま認められないリスク
- 証拠の充実度と鑑定の要否
- 社内・管理会社・オーナー側の対応工数
- 賃借人との関係、退去・空室など経営上の影響
一棟・複数戸の見直しでは増額総額が大きくなる場合がありますが、契約内容、通知、交渉、請求は賃借人ごとに確認する必要があります。戸数が多いことだけで訴訟の費用対効果が高いとは限りません。
当事務所の賃料増額診断・任意交渉と、民事調停・訴訟の代理業務は契約範囲が異なります。調停または訴訟へ進む場合は、見通しと費用対効果を検討したうえで、別途の委任契約・費用により対応します。
7.拒否後に避けたい判断
「拒否されたから増額請求は終わり」と考える
拒否は相手方の意思表示であり、それだけで増額請求の当否が確定するわけではありません。根拠と今後の対応を再確認します。
「通知を出したので請求額が確定した」と考える
増額請求の意思表示と、相当な賃料額が確定することは別です。合意または裁判手続による解決が必要になる場合があります。
費用や期間を固定的に見積もる
調停・訴訟の回数、期間、鑑定の有無は事件ごとに異なります。公開された一般的な目安だけで収支判断をせず、個別の見通しを立てます。
まとめ
賃料増額を拒否された場合は、まず通知と証拠を点検し、拒否理由を把握したうえで任意交渉を行います。合意が難しければ民事調停、さらに必要があれば訴訟へ進みます。
大切なのは、相手方を追い込むことではなく、増額の法的根拠、相当額、手続費用、今後の賃貸経営を一体として検討することです。とくに調停・訴訟へ進む判断では、鑑定の要否や差額精算まで含めた個別分析が欠かせません。
よくある質問(FAQ)
Question 1賃料増額を拒否されたら、すぐ訴訟を起こせますか?
賃料増額請求訴訟は、民事調停法24条の2により、原則として先に調停を申し立てる必要があります。先に訴訟を提起した場合は原則として調停に付されますが、受訴裁判所が調停に付することを適当でないと認めるときは例外です。
Question 2民事調停はどの裁判所に申し立てますか?
宅地・建物に関する調停は、原則として対象不動産の所在地を管轄する簡易裁判所が申立先です。ただし、当事者間の合意や請求内容によって確認が必要な場合があります。実際の申立前に裁判所の案内または弁護士へ確認してください。
Question 3調停や訴訟の間、賃借人が増額前の賃料しか払わなくても問題になりませんか?
法律は、増額を正当とする裁判が確定するまで、賃借人が相当と認める額を支払えば足りるとしています。ただし、従前賃料を払えば常に問題がないとは限りません。裁判確定後に不足があれば、各不足額に支払期後の年1割の利息を付して精算します。
Question 4賃料増額訴訟では、必ず不動産鑑定が行われますか?
必ずではありません。裁判所が必要と判断した場合に鑑定が行われることがあります。鑑定の要否や予納額は事件ごとに異なり、鑑定意見も他の証拠とともに評価されます。
Question 5調停・訴訟には、どのくらいの期間と費用がかかりますか?
請求内容、対象となる賃借人の数、争点、鑑定の有無、和解や控訴の有無などで変わります。申立手数料と郵便料は最新の裁判所案内で確認し、弁護士費用や鑑定費用を含む見通しは個別に試算する必要があります。
Question 6調停不成立後、訴訟を提起する期限はありますか?
民事調停法19条は、申立人が所定の終了通知を受けた日から2週間以内に、調停の目的となった請求について訴えを提起したとき、調停申立時に訴えの提起があったものとみなす特例を定めています。2週間を過ぎたら一切提訴できなくなるという規定ではありませんが、請求権の時効その他の問題は別途確認が必要です。
賃料増額を拒否された後の方針を、資料から整理します
弁護士法人いかり法律事務所では、不動産オーナーから、賃料増額の根拠整理、住戸ごとの検討、通知、任意交渉までをお受けしています。とくに一棟・複数戸の見直しでは、全体の収益効果と住戸ごとの事情を分けて検討します。
無料事前確認は、当事務所のサービス対象になり得るかを確認するための受付段階です。正式な賃料診断、鑑定評価、個別の法的見解を無料で提供するものではありません。民事調停・訴訟へ進む場合は、経済合理性と見通しを検討し、別途の委任契約・費用により対応します。
当事務所の「診断」は、契約と資料をもとに法的請求・交渉方針を検討するもので、対象不動産の経済価値を判定する不動産鑑定評価ではありません。正式な鑑定評価が必要な場合は、登録を受けた不動産鑑定業者・不動産鑑定士への依頼を別途検討します。
ご注意
本記事は一般的な法令・手続の情報を提供するもので、個別案件に対する法的助言ではありません。法令・裁判手続・費用は改正や運用変更の可能性があるため、実際の対応時には最新情報をご確認ください。増額の可否、相当額、解決までの期間・費用・結果を保証するものではありません。